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私の前職の業種は珍しいもので、有線のリクエストを電話で受け付けて、その曲を古ければレコード、新しいものならCDで、棚に並んでいるので自分で探してきてプレーヤーでかけるという作業でした。

一人CDプレーヤーを4台、レコードプレーヤーを2台管理しながら、途切れることなくかけなくてはならず、慣れるまでは曲の題名とか歌手名を覚えられず、意外と大変な仕事でした。

私がいた所は一日3人でシフトをまわしますが昼は一人で対応し、夜は2人のシフトでした。5時過ぎると営業さんも技術さんも帰ってしまうので、女性2人だけになってしまいます。今考えると不用心ですよね。

しかし、夜勤手当もつくので給与は普通の事務職よりだいぶ良かったです。しかも、夜5時から仕事なので、昼間は寝ていてお金をあまり使うこともなく、慣れてくるととても良い環境だったと思います。

二年がかりで気持ちの整理がつき、保険業界へ転職

生活が昼夜逆転し、この仕事は長く続けられないかもしれないと思っていました。会社も経営が悪化してきており、リクエスト業務を一括管理する話も出て来て、勤務場所が遠くなってしまう可能性も出てきました。

当時は30前だったので、30歳になるまでに転職しなければと考え、昼間にハローワークに行ったり、地元の情報誌を見たりしていました。

そんな時に前に勤めていた会社のお客さんから保険会社の外交に誘われました。私は営業をやったこともなく、保険屋って友達なくすとか、成績が取れなければ給料がないとか、今考えると偏見ですが、怖いおばちゃんがいっぱいいてすぐいじめられるとか思っており、なかなかその方には良いお返事が出来ませんでした。

都合の良いことに有線での仕事は夜です。昼間は開いていたので断りきれず研修を受けたこともありましたが、入社する勇気は持てませんでした。嫌々行っていたので研修も遅刻や休みが多く、担当の指導員の方にもよく怒られていました。

私はあなたのために時間を作って待っている。時は金なりって言葉があるでしょ。私はあなたに時間を使うってことはお金も使っているということです。わかりますか。と言われた時、確かにそうだなと、いい加減に対応するのはやめようと思いました。

そして、保険業に就職することをやっと真剣に考えるようになりましたが、まだ一歩が踏み出せなかった時、その時付き合っていた彼から「今までどういう気持ちで転職してきたの?」と聞かれたので「やってみて嫌ならやめちゃえばいいやって感じ」と答えたら、「今回はどうしてそういう気持ちで転職出来ないの?保険会社だって大きな会社だし、しっかりしているし、それこそやってみないとわからないんじゃないの?」と言われ、確かにそうだと気付きました。

そして、私は2年かかりで保険業に転職しました。

転職して「正解」だった

最初は営業って何をやって良いかわからず、やはり私のように保険屋という職業に偏見を持っているお客さんもいっぱいいて、心が折れそうになったこともたくさんありました。

しかし、一緒に働いているおばちゃんたちが私の愚痴や八つ当たりを事務所でおやつを食べながら聞いてくれるし、先輩後輩なんて関係なく、契約が取れれば褒めてくれるし、営業所の仲間たちがとても良い人だったので、続いたというのが正直なところだと思います。

そのうちお客さまも名前や顔を覚えてくれて、気軽に話すことも出来るようになり、毎日楽しく何で2年間も悩んでいたのかわからなくなるくらいでした。3ヶ月に一回良い成績を収めると会社で旅行に連れて行ってくれたり、何かもらえたりと、モチベーションは保てる環境だと思います。

おかげで私は歴代最短でマネージャーという役職にも就きました。お給料も給料シュミレーションというソフトがあり、今月何件とったら来月はいくらもらえるかという計算が自分で出来るのです。

来月は車検があるからちょっと稼いどかなくちゃとか、自分で決めることが出来るのです。そのかわり、時間が自由になる分自分で何でも管理しなければなりません。私の最高月収は54万円ですが、最低月収は5万4千円です。

何でもそうですが、やってみないとわからないという感覚は今でも大事にしたいと思っています。